2017年夏期ヤクシマザル調査報告
2017.9.24. 2017ヤクザル調査隊
1 はじめに
ヤクシマザル(Macaca fuscata yakui)は屋久島の亜熱帯性海岸林から標高1800mを越える山頂部まで連続的に分布することが知られている(丸橋他、1986; Hanya et al., 2004)。屋久島の西部海岸域では、1970年代から餌付けに頼らない長期にわたる継続調査が行われており、多くの成果が得られている(Yamagiwa & Hill, 1998)。中高度・上部域に生息するヤクシマザルについては調査が遅れていたが、1990年代に入って、西部海岸部以外での調査が本格化し、上部域のニホンザルの密度、群れサイズ、食性、活動時間配分など、基本的な生態学的情報が、すこしずつ明らかになってきた(Hanya et al., 2003a; Hanya, 2004a, 2004b)。
「ヤクザル調査隊」は1989年以降、毎年夏にヤクシマザルの分布調査を行ってきた。このうち、1994、1995、1997年には、自然植生の垂直分布が連続して保存されている西部域で調査を行い、以下のことが明らかになった。(1)標高300mまでの海岸部には、1km2あたり約4群と、きわめて高密度で分布している。(2)標高300mから800mの照葉樹林帯、標高800mから1,200mの照葉樹林・ヤクスギ林移行帯、標高1200m以上のヤクスギ帯では、群れ密度は1km2あたり1.2群から1.6群と、ほぼ一定である。(3)群れサイズについては正確な情報は得られなかったが、標高800m以上の移行帯およびヤクスギ帯では、それ以下の標高帯に比べ小さいようであった(Yoshihiro et al., 1999; Hanya et al., 2004)。
さらに1998年からは、西部域の大川林道終点地域で継続調査を行うことにした。具体的には、調査域内の群れの正確な分布と、対象とした群れのサイズと性年齢構成を明らかにすることを目的として行われた。これらの資料を蓄積することによって、屋久島中高度域におけるヤクシマザルの個体群動態のメカニズムを明らかにすることが最終的な目的である。1998年の調査では、大川林道終点地域の、瀬切川の両岸で調査を行い、1群の構成を確定したほか、3群について、大まかな構成を確認した。群れサイズはどれも20頭を越えるものではなかった。2000年には、HR群を全頭を個体識別し、ほかにもPE、OM、SY群の合計4群が識別できるようになった。2001年の調査では、さらにBR群が識別されるようになった。BR群は2003年以降は調査域内で観察されなくなったが、2005年にはSY群がSS群、YY群の二つの群れに分裂し、現在調査域内では5群を識別している。これらの群れの子持ち率(または粗出産率、観察されたオトナ・ワカモノメスのうち、アカンボウを持っていたメスの割合)は年によって4%-43%のあいだで変動した。
2000年から、これら人口学的資料の収集と並行して、ブロック分割定点調査法による集団密度の推定を行った。この地域は自然林と伐採地が混在しており、しかも伐採された年数が異なっている。このような地域で集団密度の推定を行うことで、ニホンザルが植生の撹乱の程度に応じてどのように土地利用のやり方を変化させていくのかを明らかにし、さらにその調査を毎年継続して行うことで、伐採後の植生の変化に応じて土地利用のあり方がどう変化していくかを明らかにして行くことが目的である。2000年から2003年までの結果については、Hanya et al. (2005)に発表した。
さらに2003年度からは、定点調査中にヒトリザルおよびシカについてもサルの集団と並行して資料を収集するようにした。シカ調査は、2008年までは定点で音声が聞こえる頻度を記録していたが、この方法で得られた結果の信頼性に疑問があったため、2008年度からは、糞塊法による調査を開始した。定点の周辺にシカ糞調査用の調査区を設置し、シカ密度の年変動を恒久的に調査できるようになった。サルの分布と関連すると思われる、森林の果実量調査は、自然林では1999年から、伐採地では2002年から継続して行っている。また、2010年から、定点でのヒルの調査も行った。また、今年の調査では、昨年に引き続き、サル・シカなど哺乳類のDNAを収集する目的で、ハエの調査も行った。これらの結果の概要についても、この報告書で報告する。
2 調査地域と植生
調査地は、屋久島西部の瀬切川上流の地域である(図1)。標高は750mから1350mにあたる。調査地域の面積は7.5km2である。
調査域は全体として照葉樹林・ヤクスギ林移行帯にあたる。イスノキ、ウラジロガシなどの照葉樹が、スギ・モミ・ツガなどの針葉樹と混交している。林床はハイノキを中心とする常緑低木に広く覆われている。調査域は大川林道を中心として植生の撹乱があり、伐採跡はスギの幼樹、ヒサカキやハイノキなどの低木に覆われている。伐採後の年数は大川林道の終点近くや12支線沿線では20-31年程度で、西(入口方向)へ行くほど年数が経っている。もっとも西側の5班の調査域付近ではおよそ39年程度である。伐採後の更新方法には2種類ある。一つは伐採後自然の更新過程に任せる天然更新で、12支線沿いや大川林道の終点付近からおおむね3班のdf付近まではこの方法で行なわれている。もう一つは伐採後スギを植林する人工更新で、それより西の、3cdおよび4班と5班の調査域付近で行なわれている。
3 調査方法
参加者は、49人(前期28人、後期25人)である(表2)。例年であれば、1班と2班の調査を前期に、3班、4班、5班の調査を後期に行うが、今年は、調査者が足りなかったため、通常の年とは異なる班編成を行った。3班をacとbdefに分割し、acを前期に、bdefを後期に調査した。前期には3班領域に統括者を配置しなかった。1班と2班の調査は前期に、4班と5班の調査は後期に行った。
サルの集団の調査
調査は、ブロック分割定点調査法によった。調査域を500m四方のメッシュに分け、メッシュ内の音声の聞き取りやすい場所を定点に選び、そこに一人の定点調査者を配置した。4-8つのメッシュをあわせて一つの班を作り、1-3人の統括者を配置した。定点調査者が群れを発見した場合はトランシーバーで統括者に連絡し、統括者が群れを追跡した。群れが林道などを横切る時に群れを数え、群れの構成を調査した。
ヒトリザル
ヒトリザルを目撃した場合、時刻、定点からの距離と方角を記録した。距離は10m単位で記録し、20mより近いときには、1m単位で記録した。最初に目撃したときから5分経過した場合、ないしはヒトリザルが10m以上動いた場合、時刻と定点からの距離、方角を再度記録し、ヒトリザルを見失ったときは、最後に確認した時刻と、定点からの距離、方角を記録した。
ヒル調査
定点調査者は、1日に2回、体についているヒルの数をチェックした。一回目は、定点に到着した直後で、2回目は、1回目のヒルチェックから3時間後に行った。ヒルがついていることを確認したら、チェックシートに時間、天候、数、体の部位、吸血の有無を記録した。観察者の皮膚に触れる前に発見したヒルは、DNA分析のために採取してアルコールに保存した。観察者の皮膚に触れたヒルは、生きたまま採取して飼育し、その後の生存を記録した。
果実量調査
これまでの調査で、5メートル四方の植生調査区を、伐採地に26個、自然林に10個設置してある。その中に生えている、サルが食べる液果をつける樹木(ヒサカキ、ハイノキ、オニクロキ、サカキ)について、結実数を直接計数した。伐採地の調査は前期調査中、自然林の調査は9月3日に行った。
ハエ調査
定点調査中に、ハエを採取してLysis bufferで保存した。
山頂調査
前期調査中の3日間、および後期調査中の4日間、毎日交代で2−3人が、大川林道終点から永田岳までルートセンサスを行って、シカとサルの目視、音声情報を収集し、糞を採取した。また、ヤクシマダケを栄養分析用に採取した(環境所から採取許可取得済み)。
4 集団密度の推定方法
集団密度はHanya et al. (2003b)にしたがって推定した。
まず、語句を以下のように定義する。「集団」とは、まとまって一緒に遊動しているサルの集まりのことをいい、具体的には、「集団とは、500m以上近接して一緒に遊動しているサルの集まり」であると定義する。一方、「群れ」とは、「同じ『集団』内で遊動する可能性のあるサルの社会的なまとまり」であるとする。つまり、一つの群れは、一つの集団になってまとまっていることもあり、ばらばらになって二つ以上の集団を作っていることもある。また、「時間帯」とは、「6時0分から6時59分、10時0分から10時59分までのように、0分から59分までの1時間のこと」をいう。
資料の分析に際しては、複数頭の音声か、オトナメスまたはコドモの目視情報のみを集団の発見とみなし、単発の音声、具体的には前後1時間の間なにも情報のない音声情報や単独のオトナ・ワカモノオスの目撃情報は分析から省いた。
まず、各時間帯の各々の定点での集団の発見数を数えた。その時間帯の間に、その定点調査者が、500m以上離れた2か所からそれぞれ複数頭の音声を聞いた場合は2集団を発見したと数えた。それ以外の場合については1集団を発見したと数えた。調査時間が30分未満の時間帯の資料は分析から除いた。次に、6時間以上調査した定点について、その日の各時間帯の発見数の平均を計算した(図3-1〜図3-2)。最後に、全調査期間についてこの値の平均を求めた(図3-3)。
集団の発見数をn、集団密度をDとする。このふたつには ---(1)
という関係がある。 λは定点からの距離yの地点にいる集団の発見率g(y)をというモデル(Half-normal model, Buckland, 1993)で近似したときの値である。この値は統括者による集団追跡と定点調査の資料を比較することでもとめることができる。今回の報告書にはこれらのパラメータを求めるための分析は間に合わなかったため、2000-2003年度の調査で求めた値(Hanya et al., 2005)を使用した。調査域を自然林(1a1b1c1d1f2a2b3a3b3c3d4a4b)、天然更新地1(若い天然更新地; 1e2f2g2h)、天然更新地2(古い天然更新地; 2c2d2e3f)、人工更新地1(若い人工更新地; 3d3e)、人工更新地2(古い天然更新地; 4c4d4e4f5a5b5c5d)の5つに分け、それぞれ個別に発見率を推定した。
5 調査日程
8/10 前期集合、宮之浦の屋久島環境文化村センターで講習会
8/11 西部林道でヤクシマザル観察実習
8/12 入山、キャンプ設営
8/13-19 前期調査
8/20 下山、打ち上げ、全体ミーティング
8/21 前期解散
8/22 後期集合、安房の屋久島環境文化研修センターで講習会
8/23 西部林道でヤクシマザル観察実習
8/24 入山、キャンプ設営
8/25-31 後期調査
9/1 下山、打ち上げ、全体ミーティング
9/2 解散
6 調査結果
各々の定点の集団発見数の平均を図3に、統括者も含めたそれぞれの日の調査記録を図4に、長時間追跡できた集団の遊動図を図5に、それらをもとにして識別できた群れの遊動図を図6に示した。また、群れのカウント例の一覧と、それをもとにして分かった、重複を除いた最低の群れサイズ、性年齢構成を表1に、識別できた個体の記録を図7に挙げた。
以下に、調査域全体の集団密度の傾向、シカ・ヒトリザル・ヒルの分布、果実生産の傾向、班ごとの植生、確認した群れの遊動域と遊動パターン、サイズと構成などの情報について述べる。
なお、それぞれの日に確認された集団については、1-9-aのように番号をつけた。最初の数字1は班名を、真中の数字9は日付(8月9日は9、8月11日は11、以下同様)を意味し、最後のアルファベットはその班のその日についての通し記号である。また、調査域内ではHR群、PE群、OM群、SS群、YY群の5つの群れが識別されている。それぞれの日に確認された群れがこれらの群れのうちのいずれかであることが確かめられた場合、1-11-b(HR)のように表記した。ひとつの集団が同じ日に二つ以上の班にまたがって出現した場合、1-11-a(2-11-b)のように二つ以上の名前がつくことがある。
集団密度
調査域全体の集団発見数の95%信頼区間は0.13±0.08集団/定点/時間、最大は3bの0.33集団/時間、最低は2f、4bの0.034集団/時間であった。(1)式に代入して集団密度を計算すると、95%信頼区間が1.09±0.77集団/km2、最大が3.4集団/km2、最低が0.26集団/km2だった。集団密度の植生による違いは、天然更新1と人工更新2で有意差が見られた (Tukey-Krammer法、p = 0.003)。
図A 集団発見数の植生による変異。y軸の単位は集団数/定点/時間。平均+標準偏差を示す。
図B 集団密度の植生による変異。y軸の単位は集団数/km2。平均+標準偏差を示す。
シカ糞塊数
トランセクトあたり(50m*4m)の平均糞塊数の95%信頼区間は1.2±2.57である。最大値は4d(人工更新)の13、最小値は0であった。調査地では2010年4月から2011年3月にかけて、シカの捕獲が行われていた。糞塊数は2009年は3.1±1.34、2010年は1.2±0.58、2011年は1.1±0.52、2012年は2.5±1.1、2013年は4.50±1.81、2014年は1.60±0.78、2015年は1.00±0.47、2016年は0.6±0.46だった。糞塊数の植生による違いは、すべての組み合わせで有意でなかった(Tukey-Krammer法)。
図C シカ糞塊密度の植生による変異。y軸の単位は個/50m*4m。平均+標準偏差を示す。
ヒトリザルの発見頻度
単独行動のオトナオスまたはワカモノオスを目撃したヒトリザル発見頻度の95%信頼区間は(1.29±2.1)×10-3回/10分、最大は4c(人工更新2)の7.8×10-3回/10分、最小は0回/10分である。図Dに植生ごとの発見頻度の違いを示した。すべての組み合わせで有意差は見られなかった(Tukey-Krammer法)。今回は調査中に合計15回発見した。2003年から2015年までのヒトリザルの発見回数は、平均で各年19.9回(最小5回、最大30回)だったので、今年のヒトリザルの発見数は例年より下回った。
図D ヒトリザルの発見頻度。y軸の単位は回/10分。平均+標準偏差を示す。
ヒル調査
一回目のチェックでの総発見数は42匹で、一回のチェックで発見したヒルの平均数は0.1935匹、最大数は4匹(8/14、3c)であった。二回目のチェックでの総発見数は15匹で、平均0.0691匹であった。一回目のチェックでは定点までの道のりで体についたヒルを取り除くことになるため、二回目よりも総じて発見数は多くなっていた。
DNA検査用に、61匹のヒルを採取し、これとは別に、飼育用に57匹のヒルを採取した。
果実量
5m四方の調査区内で結実していた液果の果肉重量の植生による変異を図Eに示した。果実生産量は天然更新1で最大で、天然更新2、自然林、天然更新3がそれに次ぐ。人工更新地では果実生産が見られなかった。これは、過去の年の調査と同様の傾向である。天然更新1と人工更新1、天然更新1と人工更新2、自然林と天然更新1で有意差が見られた (Tukey-Krammer法、天然更新1>人工更新1: p = 0.037、天然更新1>人工更新2: p = 0.037、自然林<天然更新1: p = 0.035)。
図E 果実生産量の植生による違い。平均+標準偏差を示す。単位は果肉部分の湿重で、g/25m2を示す。
ハエ調査
DNA検査用に、233匹のハエを採取した。
1班
1班の調査域のうち、12支線終点付近の1eには伐採地があるが、それ以外は自然植生である。伐採されたのは1995年ごろで、ヒサカキ、ハイノキの幼木が多い。昨年の調査後に、12支線の終点付近と、そこから東300mくらいまでの範囲で除伐が行われ、これらの低木の多くが伐採された。自然林ではスギ、モミ、ツガ、ヤマグルマ、ハリギリなどが多い。
1班の調査域内では、HR群とPE群が確認され、そのほかにも群れの存在が推定された。
HR群はオトナを中心にほぼ全頭が個体識別されている群れである。12支線の入り口から12支線の終点を結ぶ線より東を遊動した。東の端は不明だが、1d定点付近までは利用するのが確認されている。2017年4月および5月に調査したときに構成を確認しており、それによると、HR群の構成は、オトナオス6頭、オトナメス10頭、コドモ7頭、アカンボウ1頭の合計24頭だった。なお、この中には、2016年の調査では確認されていなかった老齢の個体(アラレ)と、識別されておらず人にも馴れていない若いメスが含まれている。
一昨年確認されなかったPE群は、昨年に引き続き、今年も確認された。確認された範囲は、12支線終点付近から2f、2hまでの非常に狭い範囲に限定された。ただし、2h定点の南から声が聞こえることがあったので、おそらく調査域よりもさらに南に広がっていると考えられる。それでも、7日間の前期調査中、8月16日を除く6日間で、PE群と思われる集団が観察されている。確認された個体は、オトナオス3頭、オトナメス3頭、コドモ2頭、アカンボウ2頭の合計10頭だった。PE群は2014年以来観察がしづらく、フルカウントできる状況できない状況が続いていたが、現在でもほぼ同じような構成であることが明らかになった。
ほかに、1b付近で7日間の調査中4日、1a定点付近で4日間集団が出現した。
2班
2班の調査域は大別して、自然林、天然更新林、スギ人工林という3種の森林から構成されている。瀬切川右岸にあたる北側にはヤクスギ自然林が残され、左岸にあたる南側には伐採後の天然更新林とスギ人工林がモザイク状に見られる他、尾根沿いと南方の大川近くには伐採されなかった自然林が残っている。自然林にはスギをはじめとした大径木が林立するが林床は比較的藪が濃く、地形の急峻さもあいまって集団の追跡が大変な場所である。天然更新林は伐採後の年数によるが、ヒサカキ、オニクロキ、ハイノキ等の低木が密生する場所が多い。これらの低木は近年人の背丈を超える程度に成長しており、一時期のように全く歩けない程ではないものの、依然見通しの悪い状態になっている。スギ人工林の大部分は継続的な間伐等の管理により見通しは良いが、一方で放置された間伐木により非常に歩き難い状態になっている。これら3種の森林を、東西に走る大川林道本線と東に口をあけるU字型の12支線が、東西方向に3回横切っていることも調査域の特徴である。集団の観察、カウント、追跡はこれらの林道に加え 林道間を結ぶ調査道を中心に行なわれた。
2班の調査域にはOM群、HR群、PE群という3つの識別群が現れた。OM群の遊動域は昨年よりさらに西にずれ、南北は大川林道周辺から12支線の大曲付近まで、東西は3f付近から2c,2e付近までであった。今年もOM群の警戒心は強く、カウントの機会が少なかった。そのため、後期に追加調査を行い、個体識別を進めながら群れ構成にかんする情報を収集した。オトナメスは5個体が確認された。今年生まれのアカンボウは1個体確認され、粗出産率は20%(1/5)であった。昨年確認された1頭のアカンボウは1歳まで生存していることが確認された。
昨年と同様に、HR群が2班領域の東側で観察された。また、PE群が2f, 2h付近で頻繁に観察された。カウントおよび追跡は1班統括者が行った。
識別されていない群れは推定3群が観察された。まず2g定点から12支線の大曲付近を利用する集団が確認された。8月13日には大曲より南側の12支線を渡る一部の個体がカウントされている。また、2a、2b定点周辺でもそれぞれ未識別の群れが観察された。これらの群れについては統括者の人員を割くことが出来ず、本年も識別は行われていない。
3班
3班の調査域は、自然林、天然更新林、スギ人工林という3種の植生帯に大別される。瀬切川右岸には伐採を経験していない自然林が広がり、スギ、ハイノキ、ヒサカキ、ヤマグルマなどが多く分布している。この地域は大径木が多く、林床は比較的疎であるため見通しは良い場合が多い。大川林道と瀬切川に挟まれた部分には自然植生と人工林が、大川林道より南側には天然更新林と人工林がそれぞれモザイク状に入り混じっている。人工林では見通しは良いが、最近まで間伐が行なわれていたため、林床に放置された間伐材のために歩き難い場所が散見される。天然更新林ではスギの幼樹やハイノキ・ヒサカキが密生して藪を形成している。本年の調査では昨年までと同様瀬切川右岸で少なくとも1つの群れが、左岸および右岸でSS群が確認された。またOM群が3班域の東側で観察された。
SS群が確認されたのは、南北には4e付近から瀬切川右岸の3a,3b付近まで、東西には3f付近から4e付近までであった。かわらずSS群の東側にはOM群が、西側にはYY群がそれぞれ遊動域を構えている。しかし2015年以降、OM群の行動圏が西にずれたことに伴い、SS群は4班領域で頻繁に観察されるようになった。SS群が林道上に滞在する時間は例年に比べ短く、瀬切川付近から右岸または左岸の悪女街道付近を利用する時間が長かった。しかし、SS群の人間への警戒度が他群に比べて非常に低いこともあり、7日間の調査中4日間でカウントが行われ、構成の全容が明らかにされた。SS群の構成個体(表1)のうち、オトナメスは7頭で子持ち率は57%(4/7)であった。昨年確認された1頭のアカンボウは1歳まで生存していることが確認された。
SS群以外では、右岸の3a,3b付近で、前期に行った調査中に頻繁に集団の音声が聞かれている。ただし右岸の高標高域では集団の発見・追跡が難しく、識別には至っていない。今後識別を試みたい。
4班
4班域の植生は瀬切川の両岸で大きく異なる。右岸には、江戸時代の伐採以降人為的攪乱がないヤクスギ原生林が分布する。一方、左岸から分水嶺までは、谷筋を中心に伐採後のスギ植林が広がり、尾根筋に切り残された原生林が少し残る。また2011年と2015年に行われた間伐で、左岸に新たな伐採道が大川林道から無数に設置された。
4班域ではSS群とYY群の2つの識別群を観察した。SS群は、8月25日16時28分から夜間を挟んで26日9時10分までと、29日10時50分から12時45分までに、いずれも4d定点東の林道から4f定点付近にかけて観察された。また同様の場所で、25日9時ごろから15時ごろまでと27日9時50分ごろに、SS群の可能性がある集団の音声が確認された。群れ構成は3班所見を参照。YY群は、30日8時59分から9時20分まで、4e定点北西の林道で観察された。また、27日から31日まで毎日、統括者が5班域でYY群を観察した。群れ構成は5班所見を参照。本年も昨年と同様、両識別群の遊動域が数年前と比べて500 m程度西に移動していると考えられる。
4班域には識別群の他にも群れがいた。4a、4b、4cそれぞれの定点付近で、27日を除くすべての調査日において集団の音声が確認され、さらに4aと4bでは目視された。これらは右岸を遊動する1つあるいは2つの群れであると考えられる。また、4eと4f定点で集団の音声が複数回確認されている。これらが識別群のものではないと確定するのは難しいが、4班域の南を遊動する群れが存在する可能性がある。これら未識別群は、林道に出ることがなく、地形が非常に険しい場所を遊動することが多い。したがって個体識別は容易ではないが、右岸の群れについては4c定点で個体を撮影することで識別できるかもしれない。
5班
調査地は全調査域の最西端にあたり、瀬切川左岸から分水嶺に位置する4区画である。植林後30-40 年程度経過した胸高直径30cmを越えるスギ林の林床、林道脇にイスノキ、ウラジロガシなどの照葉樹、ハイノキ、ヒサカキなどの落葉樹が、まだらな林床低木層を構成している。
5班ではYY群が確認できた。5班の調査域内には、7日間の調査期間中、すべての日で出現した。4班には出現しなかった日もあるのに対し、5班に出現すると長時間滞在していたので、今年は5班領域が遊動域の中心だったといえる。5班での出現場所は4・5班境界付近から万里の長城付近までで、万里の長城の道下にも行くのが確認された。林道や伐採道付近には頻繁に出現したが、観察者がいると林道を渡らず、全数に近いカウントができたのは、万里の長城で毛づくろいしているところを偶然発見した日にとどまった。確認された構成は、オトナオス3頭、オトナメス5頭、コドモ4頭、アカンボウ1頭の、合計13頭だった。観察されたオトナメスの数は昨年と同じだが、昨年に比べて音声を鳴くことが少なくなり、オトナメスのうち2頭は、昨年はコドモと判断されたと思われる若い個体だったので、おそらく個体数が減少したと考えられる。
謝辞
この調査を行うにあたって、屋久島森林生態系保全センターには、調査を許可していただきました。屋久島環境文化財団には、講習会場を提供していただきました。屋久島町尾之間区の皆様には、調査員の生活をさまざまに支援していただきました。ほかにも、調査の準備段階で、多くの調査隊OB、OGの方にも御支援を頂きました。厚くお礼を申し上げます。
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