ヤクシマザル調査マニュアル ver.2023

1. 配布物

 以下のものはこのマニュアルと同時に発送しています。全てそろっているかよく確認し、印刷物もしくはスマートフォン・タブレットにインストールして、調査のときに忘れずに持参して下さい。

・ヤクシマザル調査マニュアル
・「2023ヤクシマザル調査参加者の皆様へ」
・バス時刻表
・ヤクザル調査隊植物図鑑+ヤクトリ図鑑
・調査地名図
・調査地図(班分け図)

 調査地名図と調査地図(班分け図)は、屋久島で印刷したものをお渡しします。また、それぞれの日の調査の前日に、定点調査者はフィールドノート、持ち歩き用地図、ヒトリザル調査チェックシート、ヒル調査チェックシートを、統括者はフィールドノートと持ち歩き用地図を班長から受け取ってください。

2. 調査の流れ

 この調査の目的は、以下の三つです。

1. 調査域内のニホンザルの集団密度(集団数/km2)の植生による変異を明らかにする
2. 調査域内のニホンザルの群れの構成を調べ、出産率などの人口学的資料を収集する
3. 調査域内のニホンジカの相対密度の植生による変異を明らかにする

   調査地は伐採後様々な年数を経た地域と自然林を両方含んでいます。この調査を今後も継続することによって、ニホンザルとニホンジカが伐採後の森林の更新過程と対応してどのように土地利用のやり方を変化させていくのか、またこの地域のサルとシカがどのようなメカニズムで個体数を変動させているのか(個体群動態)を明らかにすることが大きな目標です。

 1番目の、集団密度を推定するためにわれわれが用いる方法が、ブロック分割定点調査法です。これは、以下のような手順で行います。まず、調査域を「調査地図」にあるように500m四方のメッシュに分割します。それぞれのメッシュの中のサルの音声の聞き取りやすい場所に一人、定点調査員を配置します。定点調査者は一日その定点に留まって、主に音声をもとに集団を探します。それぞれの定点調査者の集団発見頻度をもとに、その定点周辺での集団密度を推定します。なお、ここで「集団」とは、「まとまって一緒に遊動しているサルの集まり」、「群れ」とは、「同じ「集団」で遊動する可能性のあるサルの社会的なまとまり」であるとします。ひとつの群れは通常ひとつの集団で動いていますが、二つ以上の集団になってばらばらに動く場合もあります。
 一方、4‐6つのメッシュ(1-2km2、4‐8人の定点調査者)をまとめて一つの班とし、そこに1-3人の統括者を配置します。統括者の役割は、定点調査者とトランシーバーで連絡を取り合い、定点調査者が発見した集団を追跡することです。統括者の集団追跡の記録と定点調査者の記録を突き合わせることによって、定点調査者が調査地内にいる集団を発見できる割合(発見率)が分かります。このように、統括者の役割の一つは定点調査者の資料から集団密度を推定するために必要な発見率を求めることにあります。



 2番目の目標である群れの構成については、統括者がサルの集団を追跡中に、集団が林道を渡る時などの機会をとらえて調査します。

 3番目のシカの相対密度については、シカ糞塊の発見頻度を相対密度とみなします。

 これらの主要な目的に加え、ヤマビルを飼育して基礎的な生態を明らかにする目的で、採取を行います。

 今年の調査では東から順に調査を行います。それぞれの定点について約4日間定点調査を行ってから、新しい定点の調査に移ります。

3. ヤクシマザル集団調査法(定点調査者)

 定点調査には、以下のものを持参してください。フィールドノート、ヒトリザル・ヒルチェックシート、調査地図(持ち歩き用地図と調査地名図)、双眼鏡、筆記用具、コンパス、時計、カッパ、傘、トランシーバー、弁当、水筒、非常食、携帯トイレ、ヒル採取ケース、まとめ用紙、ヘルメット、救急セット、ポイズンリムーバ。

 具体的には、定点での調査中は、以下のようにデータを取って下さい。情報は、フィールドノートと持ち歩き用地図に情報を記入します。ここで書いてあるのはサルが集団でいるのを発見した場合に何を記録するかについてです。オトナオスが単独でいるのを発見した場合については4.ヒトリザル調査法を参照してください。

 サルの集団に関する情報があった場合、それらはフィールドノートに基本的に全て記録して下さい。また、それと同時に、サルに関する情報はすぐにトランシーバーで統括者に連絡してください。情報には情報の種類、時間と場所(方向)を必ず記入して下さい(当たり前のことですが、方向は東西南北で書いて下さい。「サルが右から左に移動した」ではデータになりません)。場所は地図上に番号を落とし、それと同じ番号をフィールドノートに記入して下さい。また、「何もない」ということも情報ですので、何もなくても30分に1回は状況を記入して下さい。調査終了時刻は、統括者の指示に従ってください。

 主なサル情報は、以下の通りです。

音声(vocalization、V)

・クーコール 集団内での鳴き交わし。50-100mしか届きません。これが聞こえるときは集団がすぐ近くにいる場合です。 ・悲鳴 ギャー、キャー。数100m届きます。
・威嚇音 ガッガッ。数100m届きます。
・枝バキ音、足音 もちろん、足音だけではサルと判断できませんが、すぐ近くに集団がいるときには足音で気付くことがよくあります。

*ズアカアオバト、シカの声など、慣れないと区別が難しいものがあります。自信がなければそのように書いて下さい。サルとシカ、間違えやすいおもな鳥の音声はテープがあるので、自信がないときは聞いてみて確認してください。

目視(direct observation、D)

 定点のすぐ近くにサルが現れ、実際に目視できた場合、次のような優先順位で記録を取って下さい。

@最低で何頭のサルがいたか、どこから現れてどこに行ったか。
Aどのような性年齢の個体がいたか。
-------性別は♂・♀、年齢はA(adult、オトナ)・YA(young adult、ワカモノ)・J(juvenile、コドモ)・I(infant、アカンボウ)で記入して下さい。性年齢とも、判別できない場合は必ず?として下さい。サルの性年齢の見分け方は、別紙を参考して下さい。なお、オトナのオスが単独でいるのを発見した場合は、4.ヒトリザル調査法にしたがって記録を取ってください。
Bケガや毛の生え方など、個体の特徴。
-------特徴ある個体が見つかれば、その集団を次の日、あるいは来年以降発見したときに同集団かどうか判断するのに役立ちます。そのため、このような個体を見つけることは、非常に重要です。識別されている5つの群れ(HR群、PE群、OM群、SS群、YY群)については統括者が個体識別表を持っていますので、あとで参照できます。見分け方のこつは、P.32を参照して下さい。可能であれば、写真撮影してください。

定点調査の終了30分前になったら、定点でデータのまとめを行ってください。配布済みのまとめ用紙(裏が提出用地図)に、その日のデータをまとめて下さい。決してフィールドノートを丸写しするのではなく、その日に取ったデータをわかりやすくまとめて下さい。下記の例のように、連続してほぼ同じような場所から聞こえた、間違いなく同一の集団と思われる情報は、ひとつにまとめてください。このとき、その情報の始まりの時刻と終わりの時刻がとくに重要です。調査終了直前の時間に出現情報があった場合や、雨のため定点でまとめができなかった場合は、テン場でまとめの続きをしてください。これは、必ずその日の夕食前に行って下さい。後に回すと調査中の印象が薄れてしまいます。また統括者は定点調査者のデータを集めてその日の班ごとのデータをまとめ、さらに統括者のまとめが終わらないと夕食が開始できないわけですから、遅れることは他の調査員にとって非常に迷惑になります。まとめ用紙、ヒトリザルとヒルのチェックシート、フィールドノートを、班長に提出してください。

(例)
<フィールドノート>
8:15 ヒャー×2回
8:17 クー
8:22 クー×2回
8:33 同じような場所から複数個体のけんかの声

<まとめ用紙>
8:15-8:33 複数個体の音声

4. ヒトリザル調査法(定点調査者)

 ヒトリザルについての情報は、すべてヒトリザル用のチェックシートに記録し、毎日班長に提出してください。

 群れと離れて単独で動いているオトナオスのニホンザル(ヒトリザル)の密度を算出するには、ニホンザルの群れを発見した場合と異なる資料が必要です。周りにサルの音声が聞こえず、自分自身も声を出さない単独で動いているオトナのオスのニホンザルを目撃した場合、時刻、定点からの距離と方角を記録して下さい。距離は5m単位で記録し、20mより近いときには、1m単位で記録して下さい。最初に目撃したときから5分経過した場合、ないしはヒトリザルが10m以上動いた場合、時刻と定点からの距離、方角を再度記録して下さい。また、ヒトリザルを見失ったときは、最後に確認した時刻と、定点からの距離、方角を記録して下さい。ヒトリザルの密度を算出するには、定点からヒトリザルのいた位置までの正確な距離を知ることが重要です。自信がない場合は、ヒトリザルのいた位置を覚えておき、その日の定点調査終了後に歩測などによって距離を測って下さい。

5. ヒル調査法(定点調査者・統括者)

今年の調査では、飼育して、生存率などの生活史パラメータを推定する目的で、ヤマビルの採取を行います。これまで、室内条件での生存率については資料が集まってきましたが、屋外条件で飼育して観察を行います。吸血していないヒルを発見した場合、ヒルを、濡れた脱脂綿の入ったケースに入れて、テン場まで持ち帰ります。複数のヒルを同じ容器に入れてかまいません。持ち帰ったヒルは、すべて同じ飼育用のケースに入れ、調査終了後までテン場で飼育します。
 定点に到着した直後と、到着してから3時間後の2回、体にヒルがついてないかどうかを確認します。ヒルチェックのときには、脚、首筋、腕、腹をチェックしてください。靴を脱ぎ、ズボンはひざまで、シャツは肩まで捲り上げてチェックしてください。背中やお尻など、そのほかの場所はヒルチェックをする必要はありませんが、ついていた場合は、チェックシートに記入してください。 その後、チェックシートに時間、天候、数、体の部位、吸血の有無を記録します。また、チェックシートには各人のヒル除け対策を書く場所がありますので、スパッツの着用・ヒル除けスプレーの使用の有無、靴の種類、靴下の中にズボンのすそを入れているか、などを記入してください。
 ヒルチェックの時刻にサルが出てきた場合は、サルの記録を取ることを優先し、ヒルチェックができるようになるまで待ってください。その場合、備考欄にその旨記録してください。
 なお、地面に近づいて息を吹きかけると、ヒルが出てくることがあります。定点で時間のある時に、ヒルを探してみてください。

以上のサル集団、ヒトリザル調査法、ヒル調査についてまとめると以下のようになります。毎日この手順で調査を行って下さい。

@定点調査中、サル集団・ヒトリザルを発見したら:
サル集団情報→情報の種類、時間、場所をフィールドノートと持ち歩き地図に記入。また、統括者とトランシーバーで交信してサル情報を伝える。
ヒトリザル情報→それぞれのチェックシートの必要事項に記入。定点からヒトリザルまでの距離がとくに重要。統括者への交信は必要なし。
Aその日の調査が終わったら:
サル集団情報→データを提出用地図とまとめ用紙にまとめ、班長に提出。
ヒトリザル情報→チェックシートを班長に提出。
ヒル情報→チェックシートと採集したヒルを班長に提出。

6. 定点調査中にしてはいけないこと

 定点調査は、毎日常に同じ状態で調査を行うことが重要です。また、定点調査中にサルを発見した頻度を分析するわけですから、「何もない」ことは、サルを発見した、ということと並んで重要な情報です。そのときに「何もなかった」というデータを取るには、サルが出たら必ず発見できる状態に常にしなくてはなりません。そのために、以下のことを守ってください。

・寝てはいけません。寝てしまっては観察ができません。本を読む、日記を書く、お菓子を食べる、軽く体を動かすなど、あらゆる手段を使って寝ないようにしてください。寝不足にならないよう、睡眠は夜のうちにしっかりとっておいてください。
・大声を出してはいけません。歌を歌うのは寝ないためのひとつの方法ですが、大声だとサルやシカの気配に気付かなくなる上、動物が逃げてしまいます。サルが近くにいるときには、トランシーバーの交信も音を小さくしてください。
・動き回ってはいけません。移動したら、観察条件がほかの日・ほかの年と変わってしまいます。目安として、20m以上は移動しないで下さい。
定点調査者は、定点調査中も、定点からテン場への移動の最中も、サルを追跡してはいけません。かつて、定点調査中にサルを見つけて興奮し、定点を離れてサルを追いかけ、道に迷った人がいました。このような常識外れの行動は、その間の定点調査の記録が無になるだけではなく、たいへん危険です。定点調査の帰りにルートを外れてサルの追跡を行っても、データにはならず、遭難の危険がたいへん高くなります。遭難すると統括者など多くの人が調査を中断して捜索に行かねばなりません。定点調査中はもちろん、定点の行き帰りでも、定点調査者はサルの追跡は決して行ってはいけません。

7. シカ調査法

シカの密度を推定するために、定点調査とは別に、シカの糞の数の調査を交代で行います。糞塊調査は、専属のシカ調査員が行う場合と、定点調査終了後に定点調査員が行う場合があります。いつその定点の糞塊調査を行うかについては、統括者が指示します。

 シカはウサギと同じように、固くて粒々の糞をたくさんします。ひとつひとつの粒々が糞粒で、まとめてした糞粒のかたまりが糞塊です。この調査では、ひとつひとつの糞粒を数えるのではなく、糞塊の数を数えます。この調査では、糞塊は、10粒以上存在するものを1糞塊と定義します。

 各定点の近くに水平距離で50mのセンサス用トランセクトを設置してあります。それぞれのトランセクトは、10メートルごとに杭が打ってあります。その両側各2m(計4m)が調査区です。糞塊の広がりの中心がトランセクトの外にある場合は、記録に含めないでください。

1) 二股の枝などを使って、落ち葉を掻き分けて探してください。倒木があって掻き分けられない場合は、地面の上から見るだけでもかまいません。
2) 糞粒が見つかった場合、注意深く探し、全部で10個以上あるかどうかを確かめます。10個以上あれば、糞塊があったとみなします。
3) まれに、複数の糞塊があることがあります。鮮度などから明らかに区別できるときは二つの糞塊を発見したと記録してください。鮮度で区別できない場合も、糞粒が1m以上の距離を置いて離れている場合は、別の糞塊を発見したと記録してください。
5) チェックシートに、トランセクト10mごとの糞塊の数と、糞塊ごとの糞粒の数を記録してください。なお、糞粒の数は、「トランセクトの中に落ちていた糞粒の数」のみを記録してください。6) 同一の糞塊から糞粒を最大20個採取し、ビニール袋等に保存し、糞の番号を書いておいてください。糞は素手で触ってもかまいません。
7) テン場に戻ってから、糞粒の長径と短径をノギスで計測し、チェックシートに記録します。この作業が終了したら、糞は糞生菌の調査のために保管しておきます。

8. ヤクシマザル集団調査法(統括者)

 統括者の役割は、重要な順に

@定点調査員を定点まで連れて行ったり、危険なことなどが起こった際に、現地で班員に指示を与えること。定点調査者に調査終了の指示を出すこと。
A集団をカウントすること
Bそれぞれの集団の中の識別個体を見つけること
Cその集団を追跡すること

です。集団を追跡するのは、定点調査者の情報から集団密度を追跡するのに必要な発見率を求めるためです。ただし、追跡ができる集団は限られており、そのほかの集団は地形が急峻だったり人を見るとサルが逃げたりして追跡は困難です。そのような場合は追跡を行う必要はありません。追跡できる集団が自分の班内に出現している場合はそちらを優先して下さい。

 基本的に、資料の分析は各時間帯(7:00-8:00、8:00-9:00)単位で行いますが、調査時間が30分未満の時間帯は分析には含めません。したがって、15時29分に調査を打ちきった場合、その定点、ないしはその集団の追跡記録の15時台の資料は分析には含まれません。通常は16時00分まで、やむをえない事情で調査を早めに打ち切る場合でも可能であれば毎時00分まで調査を行うようにしてください。なお、定点調査の場合、調査時間が6時間未満だったり、悪天候の場合なども、同様に分析は行いません。調査終了の判断はおのおのの統括者にお任せしますが、この点にもご留意ください。

 定点調査者からの情報などによって集団を発見したら、地形が非常に険しい場合以外は、集団を直接観察できる、あるいはクーコールや枝バキ音が聞こえる程度まで近づいて、集団を追跡してください。集団が調査域外に出てしまった場合も、安全と判断される限りは追跡を続けてください。ただし、無理は禁物です。調査中に取る記録は、定点調査者に準じます。集団の位置情報はとくに重要ですから、30分に1回程度は、集団の広がりの真中と推定される位置を地図上に記録して下さい。集団がほかの班の調査域へ移動した場合にその班の統括者に引き継ぐかどうかはその場で適宜判断してください。また、識別個体がいるかどうかに注意して観察してください。

 サルの集団が林道を急いで渡るとき、集団の全個体を数えることが可能になります。集団の構成の資料は、集団の位置の資料よりも重要です。場合によっては集団追跡を中断し、林道に先回りするなどして、集団を数える機会を逃さないようにしてください。その時には、追跡者間で綿密に連絡を取り合い、同一個体を違う人が重複して数えないよう注意して下さい。

   集団を観察中、ビデオカメラによる録画を行ってください。ビデオ撮影は、道路カウントのときにあとで性年齢を確認するためと、個体識別用の画像の撮影という、二つの異なる目的のために行います。道路カウントは、はじめ、群れのほとんどの個体が道路のどちらか一方にいて、もう片方に渡るような状況で撮影します。このばあいは、できるだけズームアウトし、視野を広くとるように心がけてください。可能であれば、性年齢識別のためにサルのおしりが映るようにしてください。個体識別用の画像の撮影は、林道周辺に長時間滞在していて、拡大画像が撮影できる場合、および最初から道路の両側にサルがいて、全頭のカウントが難しい場合に行ってください。この場合は、画像はできるだけ拡大し、顔や指など、個体識別がしやすい個所を重点的に撮影してください。画像撮影時に、群れの名前、識別できる特徴の概要を、自分でしゃべって記録してください。道路カウントのための撮影と、個体識別のための撮影の、どちらがより重要かは、そのときの視界の状況、これまでの資料の集まり具合、観察者自身の性年齢識別能力によって異なりますが、最終的な資料価値は、道路カウントによるその群れの完全な構成の方が高いことを認識した上で、臨機応変に判断して下さい。

9. ミーティング

 毎日調査終了後に班ミーティング、全体ミーティングを行います。

 班ミーティングでは、統括者が中心となって、その日取ったデータを一つの図にまとめるとどうなるかを調査員に示し、それをもとにして集団の分布を話し合いながら推定します。定点調査者は、自分のデータがどのようにまとめられていくのかをよく見ておいて下さい。統括者は、できる限り調査の全体像が定点調査者に伝わるように配慮して下さい。

   全体ミーティングではそれぞれの班の班長がその日の調査結果を報告します。連絡事項の伝達を行い、その日の調査の反省などを全員で話し合います。

10. 食事当番

 今年も食当専門の人を交代で出すことはしません。早く調査から戻ってきた人が、夕食の準備をします。食当ノートの位置を、全員が確認し、それを見て、他の人がテン場に戻ってくるのを待たず、早めに夕食の準備をしてください。翌日の朝食と昼食の準備は、夕食後の片づけと同時並行で行います。翌日の朝食と昼食の準備が終わったら、食当ノートに書かれてあるやり方に従って、在庫確認を行って下さい。食事当番(食当)の詳しい仕事の内容は食当ノートに書いてあります。

11. 調査器具の使い方

 調査器具の中には高価なものがあります。くれぐれも壊すことのないように大切に扱い、その使用法を各自よく確認しておいて下さい。

・無線機
 今年の調査では、特定小電力トランシーバーは使用せず、デジタル簡易無線のみを使用します。無線機は必要なとき以外は交信しないで下さい。混信して必要な情報が伝わらなかったり、サルの音声を聞き逃すことになります。地形の関係で電波が届かなかったり、受信しかできなくなったりすることがありますが、そのような場合は木の上に乗ったり他の人に中継を頼んで下さい。無線機を失くしてしまう事故が多発しています。無線機は非常に高価な上に、調査のために絶対に必要なすので、なくさないように細心の注意を払ってください。無線機本体はカバンの中に入れ、マイクだけを外に出し、口に近いところに引っ掛けておくと、すぐに通話でき、なくすことがありません。無線機は、フル充電して、日中だけ使用した場合、4日目に電池がなくなります。調査から戻ってきたら、必ずテン場もしくは好和荘の指定の場所で充電してください。ほかの人と合流し、無線機を使う必要がなくなったら電源を切るのを忘れず、替え電池を必ず携帯して下さい。下界に下りる人がいる場合は、早めに充電を依頼してください。

・双眼鏡
 防水されていない双眼鏡は、雨などでひどく濡れると中に水が入ってレンズが曇り、使えなくなります。雨が降ってきて双眼鏡を使わないときはカッパの内側に入れておくなどして、濡れないようにして下さい。また双眼鏡は使うのに多少慣れが必要ですので、肉眼で見ていたところをすぐに双眼鏡で見えるように定点で暇なときなどに練習しておくとよいでしょう。

・iPadとモバイルWiFiルーター
 分水尾根(悪女街道)上、もしくはそれより南の定点の人に、天気図等をチェックしてもらうことがあります。iPadのスイッチは、上側面の右のほうにあります。Docomoの電波の通じるところで、モバイルWiFiのスイッチを入れると、インターネットができるようになります。「Safari」を開いて、「屋久島町の天気」を開きます。スイッチと、画面中央下のボタンを同時に押すと、スクリーン全体が「写真」フォルダに保存されます。山の上では、電気は貴重です。モバイルWiFiルーターもiPadも、電池を早く消耗しますので、使用後は必ず電源を切ってください。

12. ごみ

 ごみは屋久島町の方式に従って、以下の通りに分別してください。これはキャンプ中も下山中も同様です。いったん分別せずに出されたごみを分別しなおすことは非常に不快で大変です。一人一人がしっかりルールを守ってください。

炭化資源ゴミ(一般のごみ): 緑色の袋 汚れたプラスチック類、汚れた紙、器・包装紙・カバン(革製品)・木綿・麻等の衣類、牛乳パック・食品用ラップ類・履物・プラスチックや合成繊維などの石油製品など。
生ゴミ: 白い袋 食品だけを入れ、包み紙、アルミホイル、ラップなどは入れないこと。
きれいな紙: 資源ごみの袋
きれいなプラスチック: 資源ごみの袋
発泡スチロール類: 資源ごみの袋 魚のトロ箱・緩衝材・食品用トレー・カップめんの容器などの発泡スチロール製品。洗ってから捨てること。
ペットボトル: 資源ごみの袋 ラベル・キャップを外し、中身を軽く洗うこと。
空き缶: 資源ごみの袋 中身は軽く洗うこと。つぶさない。
ガス缶: 資源ごみの袋 必ず使い切ってから捨てること。
牛乳パック: 個別の袋 中身は軽く洗って開くこと。
小型粗大ごみ(空き缶・ガス缶以外の燃えないゴミ): 資源ごみの袋 金属類・ガラス類・陶器類・ナベ・茶碗類・スプレー缶(ガス抜きをしっかりする)・ガラスくず・アルミフォイルなど。
廃乾電池: 個別の袋

13. 自然に対する配慮

 調査地は、国有林内であり、国立公園第1種特別地域や森林生態系保護地域などに指定され、厳重に保護された場所です。この調査は関係諸機関の許可を得て行われるものですが、やむをえない場合を除き伐採や土石の採掘など、現状を改変しないことが調査許可の条件になっています。また、このような調査は屋久島の自然が今まで保全されてきたからこそできるのであり、調査で入林する場合には、他の目的の入林よりも一層自然への配慮が求められていると言えます。このような事情を考慮して、自然に配慮した行動を心がけてください。具体的には、以下のことに注意してください。

 調査地の自然環境を変化させないために、草木を不必要に痛めないように配慮して下さい。たとえば、定点の見晴らしをよくするために枝を折る、座り心地をよくするために低木を刈る、木に名前を彫ったり落ち葉を持ち帰ったりする、などの行為はしないで下さい。

 調査地では、水場で食器を洗ってはいけません。汲んだ水で洗い、排水はテン場と水場から離れた場所に廃棄してください。それでも落ちない汚れはトイレットペーパーで拭いて下さい。ただし、紙も大事な資源ですから、使いすぎに注意しましょう。カレーやシチューなどの油汚れは、水で流す前にゴムベラで擦り取るときれいに落ち、紙も水も節約できます。

 トイレは、携帯トイレで行ってください。これらのものは、すべて調査後に持ち帰り、一般の燃えるごみとして処分します。テン場にも、ほかの人から見えない、林道から近い場所に用を足す場所を設置しますが、そこでも、携帯トイレを使ってください。携帯トイレは、便袋と、使用後の便袋を臭わないように入れておく外袋からなっています。用を足すときに使用した、ティッシュペーパーやトイレットペーパーを、道の脇や森の中に捨てないでください。使用済み携帯トイレの中に入れるか、据付トイレのそばに置いてある、専用のゴミ箱に捨ててください。

14. その他の注意事項

 調査終了時に忘れ物が出ます。これらのものは持ち主が見つからない場合、ほかの人に分配するか、その場で廃棄します。特に、タオルと靴下の忘れ物が非常に多いようです。自分の持ち物には名前を書き、各自でしっかり管理するようにしてください。

 緊急時に備えるため、非常食と水は必ずいつも携帯して下さい。

 緊急に避難する時に備え、また他の人に不快な思いをさせないためにも、自分の身の回りは常に整理整頓しておいてください。集会場、炊事場、車の中など、公共のスペースには私物をおかないでください。

 尾之間に宿泊しているときは、我々が大人数であること、また近所の方は日常の生活を送っておられることを考慮し、近所の人の迷惑にならないようにふるまってください。夜大声で話したり、外に出て話し込んだり、特に夜間、無断で外出しないでください。

16. 緊急時の対応

 この調査が20年以上にわたり続けてこられたのも、これまで大きな事故が起こらなかったからです。野外調査では、死亡事故を含む重大な事故が起こる可能性があります。いったんそのような事故が起こった場合、地元の人や調査を許可してくれた関係機関に大きな迷惑をかけ、他の調査員、事故当事者のご家族や友人に、永遠に消えない心の傷を残します。さらに、この調査を来年以降継続して行うことは不可能になり、これまでこの調査に参加してくれた数百人の調査隊OBOGの努力や、この調査への思いを、無にすることになります。

 くれぐれも安全に留意し、慎重な行動を心がけてください。
 緊急時の大原則は
トランシーバーで交信することです。
 他の人の声を聞くだけでも安心できます。一人で無理をしないことです。統括者と連絡を取った上で、その指示に従って下さい。

(1)道に迷った場合
 まず、道に迷わないためには一人で歩く場合には、目印の紐をはずして歩いてはいけません。紐が見つからないときには無理に歩いてはいけません。霧で視界がきかないときは特に危険ですから、動かないで下さい。目印紐だけに頼るのではなく、コンパスと地図で方角や地形を確かめ、現在地を確認しながら歩いてください。これは統括者と一緒に歩いているときも同じことです。統括者だけに完全に頼ってしまうことは統括者にとって大きな負担になります。最近、調査ルートの整備にともない、地図を見ずにただ目印紐に沿って歩くだけの人が増え、その結果定点を行き過ぎてしまったり、ルートを逆走するという事例が頻発しています。自分の現在地、進行方向を常に地図とコンパスで確かめながら歩いていれば、このようなことは決して起こりません。
 道に迷った、と思ったらまず交信して指示を受けるとともに、もと来た道を引き返して、目印のあるところまで戻ってください。それが難しければその場で動かないで待っていてください。そのときにお互いに大声を出したり笛を鳴らしたりすれば他の人からの自分の位置が分かります。無理に動けば体力を消耗します。気を落ち着けてじっと助けを待って下さい。谷を歩いてはいけません。屋久島の谷は急峻で非常に危険です。迷っていない場合でも、統括者の指示のあった場合以外は、尾根を歩いて下さい。

(2)ケガをした
 無理に動いてはいけません。班長に救急箱を渡してありますから、人を呼んで応急処置をして下さい。また、各自でも必ず傷薬は持参して下さい。
 危険な生き物はマムシとスズメバチです。いずれの場合も、咬まれた・刺された場合は、まずポイズンリムーバで毒液・毒針を吸い出してください。ポイズンリムーバでの毒の吸引は、2分以上経過してから行うと、効果が減少します。必ず事前に使い方を練習し、いざというときに、あわてず処置してください。
スズメバチに2回目以降に刺された場合、アナフィラキシーショックという、重大なアレルギー症状が出ることがあります。意識を失ったり、気道がむくんで窒息する場合もあります。スズメバチに刺されたときに、じんましん、発汗、吐き気、頭痛、腹痛など、刺された場所の痛みやはれ以外に、全身的な症状が出た経験のある人は、必ず屋久島に来る前に病院でハチ毒アレルギー検査を受けてください。アナフィラキシーショックによる血圧低下に備えて、応急処置用の自動注射器(商品名「エピペン」)を持つことができます。携帯するには必要な資格を持った医師の処方が必要です。病院で相談してください。
スズメバチが自分のまわりをしつこく飛ぶ、自分に狙いをつけて空中で停止する、あごをかみ合わせて「カチカチ」音をさせるような場合は、巣が近くにあり、これ以上近づかないように警告している可能性があります。できるだけじっとして動かず、ハチが立ち去るのを待ってください。走って逃げたり、振り払ったりすると、襲われたと思ってハチが攻撃してくるので危険です。
 マムシに噛まれてすぐに処置をしなくてもまず死ぬことはないのであわてないことが大事です。マムシにかまれたら2本の牙の跡が残ります。痛みがすぐにおさまり、30分たってもなんの腫れもなければ、毒は注入されなかったので大丈夫ということになります。傷口を消毒してテープでも貼っておけば大丈夫で、医者にいく必要は全くありません。激痛が持続し、出血がみられ20-30分で患部が腫れてきたら患部を動かさず安静にすることが必要です。とはいえ調査中ならばそこにずっといるわけにはいきませんから、統括者を呼び、できる限りゆっくり歩いてキャンプまで戻ってください。慌てて動くと毒が回りやすくかえって危険です。噛まれた場所をやたらに縛ったり切ったりしてはいけません。強く縛ると虚血になり縛った先の組織が壊死する危険があり全く無意味です。傷口の切開は山の中で行うのはほとんど無意味です。出血がひどくなり、傷口から細菌感染しやすくなるためです。患部を手で圧迫して血を絞り出そうとしても毒はほとんど回収されず無益です。患部を氷で冷やすのも組織の破壊を促進するので不適当です。酒を飲むと毒が回るのが早くなります。血清を注射する場合は6時間以内でないといけませんから、キャンプに戻った後、すぐに車で下山し、医者に行って下さい。治療法の一つに血清を投与する方法があります。しかし、血清によってショック反応が出ることがありますから、皮内反応を行ってアレルギー反応が起きないことを確認しますが、皮内反応が正常でもショックを起こすこともあるのでショックに対する処置(昇圧薬、輸液、ステロイド投与)をできる施設で行う必要があります。また、ショックは1-2週間後に起こることもあるので血清を打ったら1-2週間はショックに対する処置ができる施設の近くにいなければいけません。それが無理ならば血清投与はしないほうが無難です。

(3)川が増水している
 調査地内で死亡につながる可能性がもっとも高い事故は、増水した川を無理にわたることです。水が川底から腿の高さ以上に増水している時は、無理に渡渉してはいけません。調査地内の川は、源流までの距離が短いため、短時間で増水しますが、逆に短時間で水は引きます。トランシーバーで現状を報告するとともに、渡渉点で水が引くのを待ってください。また、行きに渡るときに、どこが川底が浅いか、またいでわたれる大きな倒木はないか、確認してください。

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