「屋久島山頂部のササ原に生息するニホンザル」
本田剛章(京都大学霊長類研究所大学院生、2013-2018年参加)


 はい、皆さんよろしくお願いいたします。霊長類研究の博士課程3年目本田剛章と申します。あれですね、非常にそうそうたるメンバーの中でちょっとよくわからない人間が発表するのですが、はい、屋久島の山頂で調査をしています。今回その30周年のシンポジウムで非常に立派な場所で発表できて大変恐縮です。




 では発表を始めたいと思います。  今日はまず皆さんに、私の調査地がどのようなところか紹介したいと思います。こちらは大川林道終点の近くです。標高が1050m。先ほどの半谷さんの発表で皆さん多少どういう所かご存じだと思いますが、照葉樹林とヤクスギ林の移行帯でサルたちが生息しています。私の調査はここから始まって、屋久島の山頂、1936mの宮之浦岳までを調査地としています。こちらが登山道にある「桃平」というところで、ちょうど標高は1450mほどなのですがまだまだ巨木があったりします。そしてこれが「七ツ渡シ」というきれいな沢です。7歩で渡れるから「七ツ渡シ」と呼ばれているそうで、すごくきれいな場所なのでこの場所がかなり好きです。

  



もう少し上ると「鹿之沢小屋」といったところに来ます。このドアが壊れているんですが今は補修済みです。好廣先生のスライドにもあったと思います。この小屋に籠って調査をしておりました。小屋の中の生活なのですが、このように燃料とか食べ物を担ぎ上げて、ここに1回の調査で長くて1週間、4,5日滞在してサルを探すといった調査をしていました。「鹿之沢小屋」には、屋久島の山頂部において重要な植物が生えてきます。それは何かというと、ハイノキやヤクシマヤダケというヤダケ属の、広義な意味でのササが生えてきます。

  



これより上に登って、1700mほどに行くとすごい崖になります。ここでは、シャクナゲだったりアセビだったりといった植物が生えています。少し平らなところではヤクシマヤダケがどんどん生えてきて、1700mより上はヤクシマヤダケが優占するような環境になります。なぜかというと樹木は稜線上で強い風だったり水分が得られなかったりしてどんどん矮小化して木が小さくなった分ササがどんどん浸食できるようになっています。

  



これが永田岳山頂付近を見ている写真なのですが、見てわかる通りすごくたくさんササがあります。このように、ヤクシマヤダケは屋久島の山頂部の環境を作り出す重要な植物です。ササの一般的な説明をします。ササ類タケ類とあって、タケ類の地上に出ている部分を「稈」といいます。この稈同士は地下茎でつながっていて、ここから新しい稈ができていきます。そのため高密度になりやすいです。高密度になるので他の植物は排除され侵入できなくてササしかないような環境を作りやすいです。これはヤクシマヤダケです。先ほど何度も出てきていますが、ヤダケ属の一種です。屋久島固有種です。日本にはヤダケ属は、ヤクシマヤダケを含め2種、1変種、1雑種が存在しています。ヤダケ属は東南アジアから東アジアにかけて分布しています。この写真はヤクシマヤダケの計測をした時に撮った写真です。この計測にはヤクザル調査隊の皆さんにかなり協力していただきました。これは園芸種なので楽天で買えます。つい先日3月頃に私もヤクシマヤダケを購入しまして、水をあげてちょっとずつ育てております。皆さんもぜひ興味がある方は買われてください。

 



好廣先生の講演で山頂部まではサルたちが分布していることがわかりました。冬に山頂部にサルがいないこともわかりました。しかし、長期調査が行われていませんでした。そのため山頂部のサルの生態はほとんどわかっていない状態でした。そしてササ原はサルたちにとってどんな環境か、そこでサルたちはどのように生きているのかというのを2015年から調査をしています。

  



今日の私の発表内容です。ヤクシマヤダケとサルの調査を行いました。まずは、ヤクシマヤダケの調査の結果を紹介したいと思います。 5つの標高で20m×20mの植生プロットを作りました。そこでヤクシマヤダケがどれほど覆っているかといった被度を調べました。見てわかる通り、山頂部はほとんどヤクシマヤダケに覆われているといった当たり前の結果がわかりました。密度も調べました。写真の通りすごく密度が高いのですが、森林部だと少し密度が下がって182本と少ないところもあったんですけどだいたい1平方メートルに2000本を超えるところもあり、かなりの密度でヤクシマヤダケが生えています。(稈の)大きさも測りました、だいたい10cmから2m、ひざ下よりも小さいようなササから背丈も超えるようなササまで、非常に大きい変異がありました。

  



ササというのは、新芽が出て葉っぱが落ちて、またそれを繰り返しています。そういう葉の季節変化を調べました。これは5つほど植生プロットを作って、植生プロットごとに10本のササを選択してモニタリングしました。成熟葉は常にありました。そしてだいたい4月から4月の後半くらいまでヤクシマヤダケの芽が出始めて、だいたい芽は10月くらいまであることがわかりました。芽は丸まってとがって出てきて葉を開いて、このように展葉をするのですが、芽が新葉になるのでちょこっと時期をずらして、5月くらいから10月くらいまで新葉は存在していました。ササはタケ類なのでタケノコが生えます。これはヤクシマヤダケのタケノコなのですが、鉛筆の半分以下、ボールペンよりも一回り小さいサイズです。これがどれくらい出てくるかということを調べました。便宜上休眠タケノコと呼んでいるタケノコを含め、二系あることがわかりました。この休眠タケノコを説明すると、普通のタケノコはすぐに芽が出るが、芽が出るまで時間がかかるようなタケノコで皮の色で判別できるので、これも調査を継続しました。調査方法としては1m×10mのベルトを5か所作りまして、半月に1回増えたタケノコをチェックしていくといった調査を行いました。タケノコはだいたい4月から11月くらいまでありました。休眠タケノコに関しては通年で存在するといった感じになりました。

 



芽がある期間が長いと先ほどスライドで書いていたと思うんですが、ほかの種のササと比べてみようと思いました。本来ならば同じヤダケ属のヤダケと比較したかったのですが、私のリサーチ不足で同じそうな研究が見つからずササ属のミヤコザサと比較します。ヤクシマヤダケの芽がある期間はだいたい4月くらいから11月くらいまで6か月あることが私の調査で分かりました。一方ミヤコザサの方は5、6、7、8の4か月で他のササに比べてもヤクシマヤダケは非常に長い期間芽があることがわかりました。今度は、タケノコについても調べました。これもミヤコザサとかにすればよかったんですが、なかなか見つからず、スズダケになっております。これもヤクシマヤダケは4月から11月くらいまでタケノコがありました。スズタケはどの時期にタケノコが出るかといったことが年によって変わりますが、それぞれの年ごとに見ると3か月くらいで、それにくらべてヤクシマヤダケは長い期間タケノコを出し続けていることがわかりました。もっと広い意味で芽があるということを見ようと考えまして、温帯の森林でどれほど新芽があるかといったことと、ヤクシマヤダケの新葉がある期間を比べようと思いました。グラフの縦軸が、新葉が存在する期間を示しています。横軸が緯度です。温帯林はだいたい25度より北に位置してまして、だいたい多くても60日、2か月しか新葉が存在しません。しかし、ここにヤクシマヤダケをプロットしてみると、だいたい180日新葉が存在することになり、同じ温帯林の中でも非常に長い期間屋久島のササ原では新葉が入手できるといったことがわかりました。

  



少し話が変わるのですが、ヤクシマヤダケが動物にとってどういう風な食べ物かということを調べるために栄養分析を行いました。すべての結果を出すと時間が足りないので今回は顕著に結果が見られたタンパク質と消化可能タンパク質の結果を示したいと思います。今回ヤクシマヤダケのいろんな部位をとったのですが、ヤクシマヤダケの部位に関してはすごく大変で、栄養分析には一定量乾燥重量4gが必要で、すごくたくさんのササを集める必要がありまして、それはヤクザル調査隊の皆さんに助けてもらっていっぱい集めました。その結果がこちらです。こちらがタンパク質含有量の結果です。Nは実験に使った数です。ヤクシマヤダケは1種しか用いてなくて、比較対象にほかの木本から、新葉だったり成熟葉だったり果実だったりの区分で実験を行いました。




ヤクシマヤダケとほかの木本で比べてみまして、このようにタンパク質が高い部位がありました。また、消化可能タンパク質割合も調べました。木本、成熟葉に比べて消化可能タンパク質の割合はヤクシマヤダケでだいたい高いことがわかります。木本の新葉はいい食べ物であるとされてきまして、それと同等の消化可能タンパク質がヤクシマヤダケに含まれていることがわかりました。 結果をまとめます。新芽の髄とタケノコでタンパク質の含有量が高い。また、そのタンパク質の中にある消化可能タンパク質も高いといったことがわかりました。ヤクシマヤダケのほかの部分もほどほど高いといったことがわかりました。一般的にサルにとっていい食べ物とされる新葉と同じくらい、もしくはそれ以上の栄養価がありそうだということがわかりました。結果として、ヤクシマヤダケの芽とタケノコは良い食べ物だということがわかります。

一連の調査をまとめた結果のスライドです。屋久島の山頂部はとても特殊な環境でした。理由は、1700m以上でヤクシマヤダケが優先するような環境であること。また、ほかの温帯の森林やほかのササ類と比べて芽とタケノコが存在する期間が非常に長いということ。また、消化可能タンパク質が多く含まれるのでそれは動物にとって良い食べ物であることが特殊な環境であると思っています。

 


次にサルの調査に移ります。ルートセンサスを行いまして、標高1050mから1936mまで歩いて通年でサルを探しました。歩いた距離を表にしてみました。2015年8月から2016年11月まで歩きました。2016年の8月には数が多いんですけども、ヤクザル調査隊の子たちに手伝ってもらって、たくさん調査ができました。総歩行距離で872㎞歩きました。これはどれくらいかというと、昨日Googleマップから取り出したんですけども、この会場の、東大一条ホールから広島までくらいです。もうちょっと行って福岡まで入りたかったのですが、872㎞では足りませんでした。これだけ歩いて、サルの情報を集めました。

  


これは月ごとに、音声・糞・目視すべてのサルの情報を標高ごとにプロットしたものになります。赤の点が森林内・ササ原で見つかったものになります。これはサルが発見されたと同義なので、4月から10月まではサルはササ原を利用して、11月から3月の冬場にはサルはササ原からいなくなるといった結果が得られました。No Dataのところは寒波が来て、雪でとざされたため車でいつもの調査地まで到達できませんでした。そのため冬は調査日数が少なかったりするのですけども、このような結果が得られています。

「いい食べ物とされた芽とタケノコ」と「サルがササ原を使っていた期間」をすべて同じグラフにまとめてみました。芽とタケノコは4月から10月まで存在しておりまして、サルは4月から10月まで芽とタケノコがある期間にはササ原を使っていました。

ササ原でサルたちが食べていたものを直接観察・痕跡の調査で確かめました。〇は部位の採取が確認された月で、サルは山頂部で芽とタケノコを食べていました。また、成熟葉であったり新葉の部位の採食は確認されませんでした。こちらがその動画になります。サルが芽の髄の部分をパクパクと食べています。

先ほどの栄養分析の結果に戻ります。サルが食べている部位のタケノコと芽の髄は非常に高いタンパク質の含有量がありました。なおかつそれは消化しやすいといった結果が出ています。一方食べていないところは、それよりも低い(栄養価の)値でした。

直接観察でサルがヤクシマヤダケを食べていることは分かるのですが、どれだけ食べているのかといったことを知りたいと思って、それは糞から分かるんじゃないかと思い糞の分析を行いました。ここでやったのは糞から出てくる繊維と種子を分けるという調査を行いました。結果なのですが、4月から7月には、森林内での糞もササ原内での糞もどちらも線維が沢山入っていました。8月から10月に出てきた糞を見ると、ササ原でも森林でも種子が出てきまして、その種子を同定しました。5個以上の糞でカウントされたものをこの表に表しました。まずハイノキの種子、ヒメヒサカキの種子、ヤマボウシ、タンナサワフタギと同じ種子が出てきました。ササ原にはこのような樹木は存在しないので、サルたちは秋においては森林とササ原を行ったり来たりしているようだと、糞の分析から分かりました。



線維だけだと、どのような植物由来か、ササか樹木の葉っぱかということが分かりません。それを今確かめるために予備的な結果なのですが、DNAを調べてササ由来か否かを調べています。これもヤクザル調査の子にすごい手伝ってもらって、一本一本線維を取ってもらってここ(検査キット))にたくさんたくさん入れてもらいました。本当にありがたいです。

 


一部だけ結果が出ていて、サルの糞からササ属の一つを検出しています。データベースにヤクシマヤダケが登録されていないだけで、今後私が頑張って出た結果をここに登録すれば、ヤクシマヤダケがちゃんと出てきているかといったのがちゃんと確かめられると思います。屋久島のササ原にはヤクシマヤダケしかなく、他のササはないので、何かしらのササ類が出てきているということは感知できているのでしょう。

  


今日のまとめです。ヤクシマヤダケに関しては、屋久島山頂部のササ原はとても特殊な環境でした。サルについてですが、サルがササ原を使うのは春から秋まででした。また、ヤクシマヤダケの栄養価の高い部分だけを選択して芽の髄とタケノコを食べていました。おそらくですけど、ササ原の糞は森林内で見つかった糞と全く違っていてすごく大きな繊維がたくさん入っていました。他の種子とかも全くなく、ほとんどササしか食べていないんじゃないかと思っていて、今後そういったことを調べていきたいを思っております。



ササばかり食べるサルの動画を見てもらいたいを思います。こんな風にすごくおなかが出ていると思いませんか。すごくおデブちゃんな風に見えていて、同じ時期の8月撮影の西部林道のサルと9月撮影の(ササ原の)オトナメスの写真なのですが、(山の)上のサルの方が太っているんじゃないかなという観察結果になっていて、これはなんでなんだろうということを考えています。まだなかなかサルに出会って、サルから尿とかが取れたらもっと詳しいことが分かるんですけども、調査が険しい場所なので、そういうことがまだできていなくて、何かできないかなといったことを考えています。

  


ではここらで締めたいとおもいます。私の研究はヤクザル調査隊のバックアップで成り立っている研究で、本当に皆さんありがとうございます。ご清聴ありがとうございました。


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